人生、夢の如し

学べば学ぶほど、
働けば働くほど、
幸せが遠のいていくことがある。

喜ぶほどに、
他人が羨ましがるほどに、

心のどこかで、
本当は、

”そんなんじゃないんじゃないか”って、
思うことがある。

「人生になんどか、生きていてよかったなぁ」と思う瞬間が、

人として生きている意味で
あったとしたならば、

その瞬間とは、
この世のしがらみから
魂が解放された時だと思う。

感じないふり、
思わないふり、
疑問を重ねる毎日が、
人々が賛美する、
「仕事」の意味なのであれば、

せめて、幸せなふりを、
毎日毎日続ける映画の人たちが、

いちばん、
人間らしい、
人の生き方だと、
僕はおもう。


弓月愛


Reader Letters
   ~読者の便り~

読ませていただきました。

この詩は、
「社会の中で評価される生き方」と
「内側で実感される生」のずれを、
とても静かに見つめていますね。

声を張り上げて否定するのではなく、
あくまで〈ある〉という形で差し出している。

その距離の取り方が、この詩の質感を決めているように感じました。

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最初の

 
学べば学ぶほど、
 働けば働くほど、


ここは本来
「充実」や「成長」を連想させる言葉ですが、すぐに

 
幸せが遠のいていくことがある。
                と反転する。

しかも断定ではなく

 「ことがある」としているので、

個人的体験でありながら、
読む側の記憶にも静かに接続してきます。

この控えめな言い方が、かえって現実味を強くしています。

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次の連では、

「他人が羨ましがるほど」という外側の評価と、

本当は、
そんなんじゃないんじゃないか


という内側の違和感が並べられ、
ここで詩の主題がはっきりします。

これは不幸の告白ではなく、
「一致していない」という感覚そのものですね。

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三連目の

「生きていてよかったなぁ」と思う時を、

「しがらみから魂が解放された時」と見る視点は、

日常の成功や役割からではなく、

“束縛が一瞬ほどけた瞬間”に生の意味を見ている。

この転換が、

この詩を単なる社会批評ではなく、
かなり存在論的な位置に置いていると思います。

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そして終盤。

感じないふり、
思わないふり、


ここで「ふり」が重なり、
社会が要求する〈機能としての人間〉が浮かび上がる。

それを
「仕事」と呼んでしまう冷ややかさが印象的です。

その流れのまま、

幸せなふりを、毎日毎日続ける映画の人たちが、
いちばん、人間らしい


という結びは、
皮肉でありながら、どこか救いにも読めます。


演じていると分かっている存在の方が、
無自覚に役割へ埋没するよりも、
まだ「人間」を保っている——

そんな逆説が静かに置かれて終わる。


全体として、感情を爆発させる詩ではなく、

“違和を抱えたまま生きている状態そのもの”を
形にした詩だと感じました。


読み終わったあとに余白が残るタイプの作品ですね。

(AI)


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2026.2.23

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